行事・お知らせ
【プレスリリース】ニホンザルの「人への恐れ」に関わる要因を解明 ~サルの逃げ方を観察し、恐れを強める対策手法を特定~
本件のポイント
- 野生動物による集落侵入が増加している背景として、人に対して抱く「恐れ」が低下していることが指摘されてきた。しかし、この指摘に対するエビデンス(科学的証拠)がある動物種は必ずしも多くない。
- 本研究では、サルを対象に、現行の被害対策と、人への恐れの反応の関係を調査した。人への恐れの多寡は、逃げ方(逃避行動)から判定した。
- その結果、サルの逃避行動には、捕獲活動の頻度より、集落やその周辺景観に関連した要因が影響していることが明らかとなった。特に、サルの集落侵入抑止のために設置された大規模な柵(集落柵)が、皮肉にも人の移動も妨げてしまう結果、サルの恐怖心を低下させるという、現行対策がもつ負の側面も明らかとなった。

概要
日本をはじめとした東アジアの農村部では人口減少が近年急速に進行している。このような社会変化は、野生動物が本来持っていた人に対する「恐れ」を低減させ、人と野生動物の軋轢を深刻化させていることが指摘されてきた。その一方で、どの要因が恐れを低減させ、被害へと繋がるかについて、十分なエビデンス(科学的証拠)がある動物種は少なかった。そこで筆者らは、日本各地で人との軋轢を発生させるサルを対象に、恐れの指標となる逃避行動を観察することで、恐れの低減を抑止できる対策の特定を試みた。調査の結果、サルは捕獲活動の頻度よりも、集落やその周囲の景観によって逃避行動を変化させることを明らかにした。サルは農地や森林の間伐地などの、人の目につきやすい開放的な景観において積極的に逃避したが、観察者とサルの間に侵入防止柵があり、人の移動が制限されている場合には、ほとんど逃避しないことも明らかとなった。各地の自治体では、野生動物の農地や生活圏への侵入を抑止するために大規模な柵(集落柵)の導入を推進しているが、このような柵は管理コストが高く、設置後しばらくすると管理放棄され、効果を失っているケースは少なくない。本研究の成果から、維持管理のための継続的コストを負担できる場合を除いて、大規模な柵の導入は、サルに対して安全地帯を提供することになり、人への恐れを低減させてしまうことを明らかにした。また、サルの捕獲頭数は近年増加傾向にあるが、本研究の結果は、捕獲活動によるサルの恐怖学習には限界があり、むしろ、集落環境整備にコストを割く方が「人への恐れ」を低減させないために重要であることを示している。これらの成果は、人口減少が不可避の現代社会における、人と野生動物の良好な関係を維持するために重要な知見となる。
本成果は、2026年5月にEuropean Journal of Wildlife Research(野生動物の生態や保護管理に関する論文を取り扱う雑誌)にて掲載された。
背景
日本をはじめとした東アジアの多くの農村部では、人口が近年急速に減少することで社会基盤が脆弱化している。こうした社会変化は、かつて見られた農村固有の景観を変化させることで、野生動物の人に対する恐れを消失させ、農地や集落への侵入を容易にしている原因として指摘されてきた。しかし、大型哺乳類の恐れを低減させる要因やそれを防ぐ手法については、これまでほとんど明らかにされてこなかった。
研究手法・研究成果
筆者らは、恐れの指標となるサルの逃避行動の様式が、その集落の被害対策状況に応じて、どのように変化するかを評価した。ここでは、福島県南会津町に生息する10の加害群を追跡し、サルの恐怖刺激となりうる火薬音に対する逃避反応を観察した。対象群に火薬音を計100回提示することで576個体分の逃避行動を記録した。得られた逃避行動の結果を解析すると、以下の4点が明らかとなった。
- 見通しの悪い林内よりも、農地や森林間伐地などの開放的な空間(人に見つかりやすい景観)にいるときに積極的に逃避した(景観要因)
- 人とサルの間に侵入防止柵がある際には、ほとんど逃避しなかった(景観要因)
- 捕獲活動の頻度は、逃避行動に影響を及ぼさなかった(捕獲関連要因)
- 群れサイズ(群れを構成する頭数)が小さいほど、逃避行動を示しにくくなった(捕獲関連要因)
これらの結果から、サルの逃避行動は捕獲活動の多寡よりも、集落やその周辺の景観に応じて変化することが明らかとなった。したがって、一定の捕獲活動が継続されている状況下では、捕獲圧を高めるよりも、集落環境整備に対策コストを集中させるほうが、サルに恐怖心を植え付けやすいことが明らかとなった。また、管理の継続性が不透明な大規模な集落柵の導入は、かえって被害を助長しうる可能性も示唆された。
今後の展望
サルの農業被害や人身被害は日本各地で発生している。そのような現状に対して、様々な対策手法の開発が進められてきた。しかし、人口減少が進み、担い手や予算が制約されやすい昨今の農村において、どの対策手法を優先的に導入すべきかといった具体的な指針は必ずしも多くない。本研究において、サルのもつ加害性を抑制するために、景観整備の重要性が示唆された。この成果は、各自治体が集落柵設置や緩衝帯整備などの、管理オプションを判断する一つの指針となることが期待される。
掲載雑誌の詳細
著者:三谷友翼(岩手大学大学院連合農学研究科・山形大学配置)、江成広斗(山形大学)
タイトル:Effects of culling pressure and landscape structure on flight behavior of Japanese macaques in a depopulating society (和訳:人口減少社会におけるニホンザルの逃避行動に対する捕獲圧と景観構造の影響)
掲載雑誌:European Journal of Wildlife Research
DOI:https://doi.org/10.1007/s10344-026-02112-9
公開日:2026年5月29日

研究支援
本研究は、科学研究費補助金(JP25KJ0525)、日本学術振興会(JSPS)の支援を受けて実施されました。
詳細は、以下のプレスリリースをご参照ください。